京都・あおいまつり~

biglobe の写真ニュースに載っていた。
   薫風そよそよ都大路に彩り=京都・葵祭 ・・・時事通信社(05月15日15時59分)

今日、京都のあおい祭りが行われたのだ。
私も京都に住んでいた子供時代に見ただけだ。
着物を着ていとこたちと映った写真がある。
ふと、母の書いた自分史を思い出して引っ張り出してきた。

    自分史物語  “ねんりん”    高齢者大学自分史コース受講生共著
平均年齢74歳、約20人の方が明治・大正・昭和と激動の人生を過ごした方々の記録である。
その中にわが母きよさんも70歳記念として書いている。

     「幸せいっぱい、娘時代」  ~蝶よ花よと育てられて~       ○○ きよ
 私は、官幣大社上賀茂別雷神社で有名な上賀茂村で、大正三年に生まれました。この神社の御位は伊勢神宮に次ぐと言われ、それこそ日本最大のお宮です。このお宮のお祭りは、京都三大祭りの一つ『葵祭り』です。
           ・・・・・ 中略 ・・・・・     
 私の子供のころには、祖母がいました。お歯黒で歯を染めたおばあさんが私をかわいがってくれました。店が忙しい時には年寄り子供は邪魔になるので、冬などおばあさんは紫色の御高祖頭巾をかぶって、私をお弘法様や天神様に連れて行ってくれました。私はおばあさんのたもとを持って歩きました。なんば(トウモロコシ)が実る頃になると,なんばの皮で高島田の人形を作ってくれました。着物もなんばの葉で作りました。
 おばあさんは時々昔の事をいろいろと聞かせてくれました。お婆さんの若かったころ、賀茂には武家屋敷がたくさんあったそうです。おばあさんの生まれた家も、白壁の高塀、門構えの家でした。私の父は長男ではなかったので、今の家に分家しましたが、おばあさんは時々御本家へわたしをつれていってくれました。
 上賀茂神社の葵祭りには、白馬に乗った勅使が見えます。この御勅使は昔の殿様で、うちのおばあさんが乳母をしていたそうです。葵祭の日には、家の表におばあさんを座らせ、家じゅうでお勅使をお迎えしました。お勅使はおばあさんを見ると、行列を止め、馬上からおばあさんに、
「元気かい」
と、お尋ねになりました。私は、子供心にも祖母を誇らしく思いました。この祖母も、私が十二歳の時、八十八歳で亡くなりました。
 小学校の頃、お祭りの前日に家のお使いで、おこわ、ぼたもち、さばずしを持って親類の家へ行き
「お祭りには、たいしたおもてなしもできませんが、どうぞおいでください」
と、口上を言いました。お祭りのごちそう作りは、家中が手伝って作りましたが、母親が一番忙しかったと思います。まだ小学生の私は、きれいな着物を着せてもらうのがうれしくてなりませんでした。
            ・・・・・ 後略 ・・・・・
  

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この記事へのコメント

はなみずき
2008年05月16日 11:13
みっきいさん、こんにちわ。
なんだか懐かしい時代を、かいま見ているようですが、ほんの2、3代さかのぼっただけの光景なんですね。チョットだけ、そんな時代に暮らしてみたい様な気もします。
2008年05月16日 12:36
みっきいさん、お母様は自分史を作られて居たのですね。グループのパソコン講習会で「自分史の作り方」を勉強したことがありますが、自分の人生をよく覚えて居ないのですよ。京都ご出身だったのですね。
みっきい
2008年05月16日 16:40
はなみずきさん、コメントありがとうございます。
大正末から昭和にかけての時代だと思います。
時代劇を見ているような話ですね。
昭和も遠くなりにけり・・・ですね。
みっきい
2008年05月16日 16:46
彦左さん、コメントありがとうございます。
パソコン講習会で勉強なさって、その時作られなかったのですね。
後ろを振り向かない!人生もいいものでしょう。
両親は京都出身ですが、私は関西なまりの愛知県人です。
京の都
2008年05月17日 21:26
お久しぶり。 PC開かない日もあってごめんなさい。
葵祭り・・・いいお天気で見物日よりでした。
俳句の吟行で、深泥けヶ池から上賀茂の大田神社の見事な杜若を見てこ小流れの美しい上賀茂の社家の家々を見、あなたの懐かしい御園橋を渡って加茂街道を北大路橋に向って涼しい木陰を探し葵祭りの列を待ちました。 今年は実にあでやかでした。

お母様のきよさん。 あの辺りで育たれ葵祭りはことに想いが深かったことでしょう。 蝶よ花よの幸せなお嬢様だったのですね。

自分史、古希を迎えたら考えてみたら?
みっきい
2008年05月18日 06:56
京の都さん、葵祭の行列をご覧になったのですね!
俳句の吟行でカキツバタからアオイへ行かれたのですね。
それこそ懐かしの御園橋です。
良いお天気で賀茂川の日陰を探しながら・・・、
「あでやかさ」を感じられたのね!
どんな俳句ができたのでしょうか?

子供のころに見たものは、私は「ハレの日の気持ち」だったようです。
60年近く前、上賀茂神社でいとこたちと着物を着て遊んだことですね。
母もハレの祭りの日が思い出深かったのでしょう。
一番幸せだったと思える娘時代の話を、認知症になっても繰り返し思い出しては話しておりました。
そう遠くない古希?「今が幸せ!」と私は思っていますが、ボケてきたら何を話しだすんでしょうかね?


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